ブランデンブルク協奏曲の新盤に寄せて
――オリジナル楽器によるバッハの演奏――
(「季刊GRC」第9号[1978年3月発行]所収)

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■オリジナル楽器とは何か――特にヴァイオリンを中心として
 バッハが活躍していた十八世紀の前半には、現在、通常のオーケストラで使用されているような楽器、もっと厳密に言えば、そのような構造と音色を待った楽器は全く存在しなかった。この限られた紙面を使って、一つ一つの楽器の構造や音色の違いについて詳説することは出来ないから、ここでは、一般にそれほど知られていないヴァイオリンについて少し細かく触れてみよう。

 ヴァイオリンというのはいまだに古い楽器が使われている。十八世紀初めに作られたストラディヴァリウス作のヴァイオリンは、そのままの姿で現代に伝えられ、最高の名器として珍重されている――これが長らく一般に信じられて来た神話の内容である。が、実際にはそうではない。


ヴァイオリンの構造

 十七、八世紀に作られたヴァイオリンは全て――アマティでもストラディヴァリウスでもグァルネリウスでも――最初は所謂バロック・ヴァイオリンであった。これらは、十七、八世紀に於ては、そのまま当時の音楽の要求に応えていたのだが、十九世紀以降、現在の形に「改造」された。

 ヴァイオリンという楽器は、簡単に言うと、弓で弦を擦ると、弦と楽器本体の間に立っているブリッジ〔駒〕とによって弦振動が表板に伝えられ、表板の振動は、楽器の内部に立っている魂柱〔響柱〕と呼ばれる細い棒によって裏板に伝えられる。つまり弦、表板、裏板の三者が振動することによって、ヴァイオリンの音が発せられるということになる。言い換えれば、この三者の振動の仕方が、ヴァイオリンの音を決定するのである。

 更に、表板の裏側に付けられている力木〔バス・バー〕が、ヴァイオリンの音を決定する上で、非常に大きな役割を果している。力木は、表板の左側に、少し斜めに付けられていて、ブリッジからの圧力を片側で支える⌒もう一方には魂柱があってブリッジからの圧力を受けている)と共に、ブリッジによって伝えられた弦振動のエネルギーを表板全体にまんべんなく伝える。つまり、力木によって、表板は平均した振動をすることが出来るのである。また力木は、底音の補強という大きな役割をも担っている。

 さて、十九世紀の初めの半世紀間に、大方のバロック・ヴァイオリンは大幅に改造された。強い圧力に耐え、強い音力を出すためである。

 先ず、弦の張ってあるネック〔棹〕の長さを若干長くすることによって弦長(弦の振動する部分の長さ)を延ばし、従来、表板とほぼ平行に付けられていたネックと表板との間にいくらか角度をつけたので、弦とブリッジが鋭角をなし、そのためブリッジが本体に対して加える圧力が大きくなった。ブリッジは相当高いものに取り替えられ、魂柱は従来よりもかなり太くなり、力木もまた、やや高目のものに換えられた。

 また弓は、バロック時代のそれとはかなり異なったものが用いられるようになる。新しい弓は以前のものより太く頑丈で、毛幅もだいぶ広目になった。弦振動のエネルギーを大きくするためである。

 更に、バロック時代の弓は、両端に弱く、中央部に強い力がかかるため、このような弓で長い音符を弾くと、音が自然に弓の中央で膨らみ、端へ行くに従って減衰した(音楽用語でこうした音をメッサ・ディ・ヴォーチェという)のだが、新時代の弓は、弓の全ての部分に均等な力が加わるように出来ているので、バロック弓による長い音のような効果は得られなくなった。

 こうして、我々のよく知っている通常のヴァイオリンは生まれた。外見上は、これら二つのタイプは、素人目には殆ど区別がつかないくらい似通っているので、一般には、その相違についてははっきりと認識されないことが多いのである。

 しかし、ヴァイオリンは、魂柱をほんの一ミリ動かしただけで、響き方が全く変わってしまうくらい微妙な楽器なのである。発音手段である弓を換え、弦長を変え、それによって弦の振動の仕方を変化させ、振動の媒体――ブリッジ・魂柱――を全く異なるものと交換し、振動板の振動の仕方を規定する力木を変えたことによって出来上がった新しいヴァイオリンは、元のヴァイオリンとは全く違った楽器として生まれ変わったとも言えるであろう。

 近年、楽器の研究も非常に進み、その研究の成果を踏まえながら、そして、二百数十年の間遂に改造されることのなかったバロック・ヴァイオリンの稀少なサンプル等資料を駆使しながら、優れたヴァイオリン製作者の手によって、十七、八世紀に製作されたヴァイオリンの数々が既にオリジナルの状態に復元され、またそうされつつある。

 こうして復元されたバロック・ヴァイオリンは、通常のヴァイオリンに比べると、音の強さ、豊かさに於ては較ぶべくもないが、音色に於てははるかに透明で、倍音の多い通常の楽器に比して基音が明確であり、音がいろいろなニュアンスに富んでいる。バロック弓と通常の弓の違いについては先に触れた通りである。このバロック・ヴァイオリンの音色の特質の帰結するところ、音程の許容範囲はやや狭く、響きが純粋であることによって、複数で用いられると、協和音・不協和音の違いが著しく耳につく、つまり協和音に於てはより純粋に、不協和音に於ては遥かにシャープに響くのである。⌒誤解のないように断っておくが、筆者はこの楽器の相違に関する敍述の中で、一切の価値判断をするつもりはない。例えばバロック・ヴァイオリンの響きが純粋であるというのは、それによって純粋であるからより良いのだと言わんとするのではなく、通常の楽器がもっている響きの豊満さに比して、より純粋だという現実を述べているにすぎない。

 筆者は好運にも、この分野で当代屈指と言われるオランダのヴァイオリン製作者リンデマンによってオリジナルの状態に復元されたアントニオ・ストラディヴァリウスのヴァイオリン(ニューヨーク、メトロポリタン博物館所蔵)を見、またそれが演奏されるのを聴く様会に恵まれたが、その響きはオイストラフ等の演奏によって耳慣れたストラディヴァリウスのそれでなく、純然たるバロック・ヴァイオリンの響きであった。

 他のバロック楽器と、それに対応する通常の楽器との特質の相違についても、多かれ少なかれヴァイオリンの場合と同様なことが言える。これは至極当然なことだが、通常の楽器は――弦楽器でも管楽器でも――その殆どがロマン主義を代表とする偉大なる十九世紀の精神の産物であり、またバロック楽器は、十七、八世紀の精神によって産み出されたものだからである。

 さて、楽器というものは、凡そ如何なる楽器でも、独自の演奏法を奏者に対して要求する。楽器の演奏法とは、しかし指や腕の動かし万、息の吹きこみ方等の技術的な問題だけに終始するわけではない。いや寧ろそれらは演奏法のごく枝葉末節に位置する問題であって、楽器の演奏法とは、それ自体で積極的な音楽の表現手段である。ここで、第二の問題則ちオリジナル楽器による演奏様式の問題について考えてみなくてはなるまい。


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