ブランデンブルク協奏曲の新盤に寄せて
――オリジナル楽器によるバッハの演奏――
(「季刊GRC」第9号[1978年3月発行]所収)

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次の記事は、当時まだオランダに留学していた私が雑誌等のために書いた初めての原稿であった。この頃は、古楽器の演奏のレコードは少なく、また、一般の理解はもっと限られた状態であったから、啓蒙的な記事を発表する必要を痛感していた。そんな矢先、レオンハルトの指揮による《ブランデンブルク協奏曲》(全曲)のレコードが発売され、また、今は亡き佐々木節夫さんと知り合ったりして、急にこの記事を執筆することになったのである。


[本文]




 グスタフ・レオンハルトの指揮によるJ・S・バッハのブランデンブルク協奏曲〔全曲〕のレコードが、最近セオン・レーベルで発売された。無論オリジナ
ル楽器を用いての演奏で、一昨年から昨年夏にかけての録音である。

 オリジナル楽器によるバロックの管弦楽曲のレコードが出されるようになってから既に20年経つ。その間、ブランデンブルク協奏曲のレコードは2組出、今回の新盤は3回目となる。最初は、1960年代の初め頃に出されたコレギウム・ァウレウム合奏団のもの〔ハルモニァ・ムンディ〕で、独奏者にはリンデと共にレオンハルトも名を連ねていた。ただ、この合奏団は、ヴァイオリンの多くが、通常の楽器にガット弦を張っただけのものだったり、またバロック時代の楽器ならではの演奏様式の探求という点に於ても、今日的な観点からは最早「オリジナル楽器による演奏」とは見なし得ないような性格のものであった。

 その後、オリジナル楽器による演奏は、主にレオンハルトの指揮によるレオンハルト合奏団と、アルノンクール指揮のヴィーン・コンセントゥス・ムジクスの二者によって追求され、60年代後半にはアルノンクールの指揮によるブランデンブルク協奏曲のレコードが録音された〔テレフンケン〕。随所に新しい試みがなされており、今日に至るもその新鮮さを失わない演奏であった。今回の新盤と聴き比べてみると、演奏者の個性の違いもさることながら、オリジナル楽器によるバッハへのアプローチの仕方にも、ここ10年間の変貌の跡が如実に窺えて大変興味深い。

 ここ数年来、オランダに於るオリジナル楽器によるバロック演奏は、完全に定着したと言っていい。いや寧ろこの国では、この新しいタイプの演奏家たちが、バロック音楽の分野に於る楽壇の主導権を握ったのである。

 今回の新盤では、指揮者レオンハルトのダイナミックな音楽の作り方が第一の魅力であることに間違いはないが、演奏者の一人一人に、この独特な演奏様式に関する共通の理解、共通のアイデアが行き渡っていることがこの演奏の特筆さるべき特質であり、各人が、単に指揮者の采配に従うのみならず、彼等一人一人が個人の責任に於て音楽に積極的に参加している演奏姿勢こそが、このレコードを名盤たらしめている大きな要因であろう。

 独奏者は、チェンバロのレオンハルト、フルートのブリュッヘン、チェロのベイルスマを除けば、一般にはさほど馴染みのない名前が並んでいるが、ヴァイオリン及びヴィオラのシギスヴァルト・クイケン、ルーシー・ファン・ダール、ヴィオラ・ダ・ガンバのヴィーラント・クイケンをはじめ、オーボエのポール・ドンブレヒト、クー・エビンゲ、リコーダーのケース・ブッケ等は、何れも、現在オランダ・ベルギー地方(以下ネーデルラントと総称)で最も活躍しているバロック楽器のスペシャリスト達である。

 このレコードの演奏は、もともとブランデンブルク協奏曲が初めて聴いても非常に親しみやすい音楽であることと、オリジナル楽器特有の純粋な響き、高度な演奏水準、指揮者レオンハルトのエネルギッシュなダイナミズム、特に独奏部分にはっきり示されている各ソリストの個性等によって、理屈抜きで楽しめるものとなっており、オリジナル楽器によるバロック音楽の演奏を初めて聴いてみようと思われる方々にも文句なく御奨めしたい。またこの曲のレコードは、通常の楽器を使用した演奏では、カラヤン、リヒターをはじめ、ミュンヒンガー、レーデル、パイヤール、イ・ムジチその他枚挙に遑ないほど沢山出ているから、オリジナル楽器による演奏と通常の楽器によるものとを比較する材料としても恰好のものと言える。

 さて――、オリジナル楽器、オリジナル楽器と、盛んにこの言葉が使われているけれど、そのオリジナル楽器とは一体何なのか、通常の楽器を使った演奏と何処が違って来るのか、本当にそんなに違うんですか? というような素朴な疑問を御持ちの読者も多いことだろう。違いは、大きく分けて二つの側面から検討されなければならない。即ち、楽器そのもの――つまり楽器の構造や音色の違いと、それらの楽器を使った場合の演奏内容のそれである。


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