チェンバロ

■「チェンバロ Cembalo」の概念

  1. 18世紀には、ピアノやクラヴィコードも含め、有弦鍵盤楽器の総称として用いられた(ドイツにおける「クラヴィーアClavier」の訳語としての用法も含む)。

  2. 撥弦鍵盤楽器の総称(現代の一般的用法)。

  3. 撥弦鍵盤楽器の中で、グランド型の形状をもつものを指す。

    渡邊順生著『チェンバロ・フォルテピアノ』巻末・用語集より
このコーナーでは(2)の用法に従って説明する。但し、これからは、「チェンバロ」という言葉は、(1)の用法で使用されなければならない(最低限、[1]の用法について知ってる必要がある)。

■チェンバロの起源

 中世において広く用いられたプサルテリウム(箱に弦が張ってあり、指またはプレクトルムではじいて音を出す、単純な構造の楽器)に、鍵盤と弦をはじくメカニズムを組み込んだもの。従って、チェンバロという楽器は「鍵盤のついたリュート、ギターあるいはハープ」と理解するのが適当である。
  • 最古の記録=1397年、オーストリアのヘルマン・ポールが「クラヴィツィンバルム」を考案。

  • 最古の図像=1425年、ミンデン(北西ドイツ)の聖堂の祭壇の彫刻(浮き彫り)。

  • 最古の設計図=1440年頃、ズウォレのアンリ・アルノーがブルゴーニュ公に提出。

  • 現存する最古の楽器=1480年頃、ウルム(南ドイツ)で作られたクラヴィツィテリウム。

■チェンバロの種類(形状による分類)
  1. チェンバロ=グランド型の形状のもの[前項(3)の用法]。――18世紀のドイツでは「フリューゲル」と呼ばれた。このタイプのチェンバロは、更に、鍵盤数――1段鍵盤、2段鍵盤、3段鍵盤(まれ)――によって分類する。

  2. ヴァージナル Virginal=小型のチェンバロの1タイプで、弦が、鍵盤の付けられた直線の辺に対して平行ないしやや斜めに張られ、低音弦が奏者に最も近い位置にあるのを特徴とする。フランダース、イギリスなどでは長方形のケースのものが多いが、イタリアで作られたものには多角形(最も一般的には、五角形または六角形)の形状ものが多い。イタリアでも、16世紀の末からは、長方形のヴァージナルも作られるようになった。
     多角形のものは、「アルピコルド arpicordo」と呼んで長方形のものと区別する。
     ヴァージナルもアルピコルドも、1組の弦による1種類の音しかもたないのが普通だが、フランダースで製作されたダブル・ヴァージナルは、大小2台のヴァージナルを組み合わせて使うように設計されている。
    【註】歴史的には、17世紀半ばまでのイギリスにおけるチェンバロ(撥弦鍵盤楽器)の総称。従って、16世紀後半から17世紀にかけて活躍したイギリスの「ヴァージナリスト」、エリザベス朝の「ヴァージナル音楽」などという言葉は、「チェンバロ奏者」「チェンバロ音楽」という意味で、特に長方形のヴァージナルと結びつけて解釈する必要はない。

  3. スピネット Spinet=小型のチェンバロのタイプの1つ。グランド形の楽器を斜めにしたような形状で、ヴァージナルとの最も大きな違いは、低音弦が奏者から見て一番遠くにあることである。通常は1段鍵盤で8フィートまたは4フィートの弦1組のみを備える。8フィートのスピネットはベントサイド・スピネット、4フィートのスピネットはオッタヴィーノと呼ばれる。イタリアやドイツには、2段鍵盤を備えたもの、2組の弦を備えたものなども僅かながら存在する。
     フランス語ではエピネット、イタリア語では、チェンバロ・トラヴェルソ(横型チェンバロ)、ドイツ語ではクヴェルシュピネットあるいはクヴェルフリューゲルとも呼ばれる。

    【註】イタリア語あるいはドイツ語では、ヴァージナルを含めて小型のチェンバロを全てスピネットと呼ぶ慣習もあるので、ヴァージナルとスピネットの区別は、一般に、極めて曖昧である。フランス語の「エピネット」は、英語の「ヴァージナル」同様、歴史的にはチェンバロの総称として用いられた。

  4. クラヴィツィテリウム Clavicytherium=響板が垂直に付いた縦型(アップライト)のチェンバロのこと。普通のチェンバロに比べて場所をとらないこと、音が部屋の中に直接広がるという利点がある反面、ジャックが水平に動くため自重では戻らず、これを元の位置に戻すために、スプリングや特別な装置を付けなければならない。その結果、通常のチェンバロよりタッチが重くなったり、アクションの反応が鈍くなりやすいという欠点がある。歴史は極めて古く、1460年頃にこれに関する最古の記述がある。

■各国語の呼称比較対照表
 チェンバロスピネット
ラテンclavicymbalum 
イタリアclavicembalo, cembalospinetta, spinettina,
cembalo traverso
フランスclavecin, clavessinepinette
スペインclavicordio, clavicimbaloespineta
ドイツClavicymbel, Clavicymbal,
Cembalo, Kielflugel, Flugel
Spinett, Querspinett,
Querflugel
オランダklavecimbel 
英米harpsichordspinet, bentside spinet,
wing spinet
■チェンバロ理解のための指針

チェンバロについて体型立てた理解を求める方は、是非、拙著『チェンバロ・フォルテピアノ』をお読み頂きたいが、そのための要点を以下に掲げておく。

□楽器の構造の理解
  1. 発音原理とアクション=発音機構=いかにして音を出すか

  2. 響板(振動体)の構造=いかにして弦振動を響板に伝えるか

  3. ケース内部(構造体)の構造=いかにして弦の張力に耐えるか



□各部の名称
  1. ケース外部に属するもの
    チークピース、ベントサイド、テールピース、テール、スパイン、ネームボード、ネームバッテン、蓋、ロックボード、ジャックレール、モールディング、底板

  2. アクション・鍵盤に属するもの
    ジャック、タング、プレクトルム、ダンパー、ドッグレッグ・ジャック、ジャックスライド(レジスター)、ジャックガイド(ローワーガイド)、ストップレバー、鍵盤(キーボード)、鍵(キー)、キーレバー、キートップ、キーフロント、アーケード、キーブロック、キーボード・ブラケット、スクロール・チーク、カプラー(カプラードッグ)、キーベッド(キーフレーム)、フロントレール、バランスレール、バックレール、ラック、ラックピン

  3. 響板とその周囲
    響板、ブリッジ、ナット、レストプランク、8フィート(8’)、4フィート(4’)、16フィート(16’)、8’ヒッチピン・レール、4’ヒッチピン・レール、カットオフバー、リブ、チューニング・ピン、ブリッジピン、ナットピン、ギャップ・スペーサー

  4. ケース内部
    ブレース、アッパー・ブレース、ローワー・ブレース(ボトム・ブレース)、アッパー・ベリーレール、ローワー・ベリーレール、三角版(ニー)、ストラット


□様式による分類
  1. イタリア:16世紀-17世紀-18世紀

  2. フランダース:ルッカース以前-ルッカース一族-18世紀

  3. イギリス:17世紀-18世紀

  4. ドイツ

  5. 1700年以前のフランス

  6. 18世紀パリ

  7. イベリア半島(スペイン/ポルトガル)

  8. スカンディナヴィア半島(主にスウェーデン)

  9. モダン・チェンバロ=19世紀末以来のチェンバロ復興運動の中で作り出された、ピアノの構造体にチェンバロの発音機構を組み込んだ近代的な楽器。チェンバロ復興の祖といわれるポーランドのヴァンダ・ランドフスカは、仏プレイエル社によって製作されたランドフスカ・モデルを愛用した。また、1930年代には、南ドイツのハンス・ノイペルトがバッハ・モデルと呼んだモダン・チェンバロを開発した。これらの楽器は、1980年頃には急速にした美になって、今日では余り使われなくなったが、一昔前には、チェンバロといえば「モダン・チェンバロ」がイメージされることが多かった。

渡邊順生著『チェンバロ・フォルテピアノ』

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