Cembalo, Clavicordo & Fortepiano
 チェンバロの歴史と名器[第1集]/渡邊順生
 解説


 □「名器」の条件
 □使用楽器について
 ■「チェンバロ」の「モデル」はリュート
 □DISC I イタリアのチェンバロ
 □DISC II フランダースのチェンバロ
 □曲目一覧

「チェンバロ」のモデルは「リュート」

 チェンバロは、楽器学的に言えば、プサルテリウムというツィター属の撥弦楽器に鍵盤を付けたものである、ということになる。プサルテリウムというのは、裏をくり抜いた木片あるいは木枠に、響板と平行に弦を張り、それを指またはプレクトルムではじく、という単純な楽器で、中世ヨーロッパにおいて各地に普及していた。チェンバロは、このプサルテリウムに鍵盤を付け、弦をはじく機構を組み込んだものなのである(→本書p.26〜27及びp.86)。
 しかし、16〜17世紀のチェンバロ製作家やチェンバロ奏者達にとっての実際のモデルは、独奏楽器としてもアンサンブル楽器としても、早くからその地歩を確立したリュートであった。リュートは、撥弦楽器としてはチェンバロの大先輩だったのである。チェンバロ製作家達は、リュートのように敏感で限りなくニュアンスの豊かな楽器を創り出そうと努力を重ね、チェンバロ奏者達は、あらゆるアンサンブル形態をモデルとしながらも、リュート音楽のテクスチュアを如何に効果的に鍵盤に応用するかには、格別腐心したと思われる。
 リュート・ソングもまた、16世紀末から17世紀初めにかけてのチェンバロ音楽の重要なモデルの1つであった。16世紀までの声楽曲は、ポリフォニックなものが中心で、世俗声楽曲も3〜5声のものが多かった。リュート・ソングは、ごく大雑把に言うと、その声楽アンサンブル曲の最上声部を独唱声部として残し、残りの声部をリュートで弾きながら伴奏する、という歌曲の形式である。イギリスでは、世紀の変わり目から17世紀初頭にかけて作曲された数多くのリュート・ソングが残っているが、演奏の現場では、イタリアでもフランスでも、似たような形態の演奏が広く実践されていたに違いない。リュートによる伴奏声部は次第にバスとその上の和音というように簡略化されて行く(=通奏低音)。そして、通奏低音の時代になっても、しばらくの間は、リュートは歌手達にとって最も有力な伴奏楽器であり続けたのである。
 16世紀の末には、イタリアでもイギリスでも、鍵盤楽器奏者は、既にかなり高い演奏技術を持っており、複雑なテクスチュアと技巧的に華麗なパッセージ(走句)を弾きこなしていたが、リュート音楽の影響は依然として大きかった。そして、17世紀の中葉には、ドイツ人のフローベルガーとフランスのチェンバロ奏者達によって、リュートの語法に基礎をおいた実に魅力的なチェンバロ音楽が生み出されるのである。
 従って、リュート音楽的な特質は、チェンバロ音楽の原点であり、魅力の源泉でもある。本アルバムにおいては、こうした特質の顕著な作品を重点的に選んである。この点については、各作品の解説でさらに具体的に触れることになろう。

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