Cembalo, Clavicordo & Fortepiano
 チェンバロの歴史と名器[第1集]/渡邊順生
 解説


 「名器」の条件
 □使用楽器について
 □「チェンバロ」の「モデル」はリュート
 □DISC I イタリアのチェンバロ
 □DISC II フランダースのチェンバロ
 □曲目一覧

『チェンバロの歴史と名器』第1集

 「チェンバロ」は、撥弦鍵盤楽器――弦をはじいて音を出す鍵盤楽器――の総称である。鳥の羽軸(クイル)で作られた爪――「プレクトルムplectrum」と呼ばれる――が、キー(鍵)と連動しており、キーを押すとプレクトルムが弦をはじく。クイルは、今日ではデルリンと呼ばれるプラスティックの一種で代用されることが多い・・・。
 これが、現代における、「チェンバロ」という楽器についてのほぼ一般的な理解である。しかし18世紀には、「チェンバロ」という語は、もう少し広い意味で使われていた。産声を上げてまだ間もない「ピアノ」や、弦をはじく狭義の「チェンバロ」よりもっと古い歴史をもつ「クラヴィコード」も含めて、「チェンバロ」とは、弦を張った鍵盤楽器の大家族であった。弦をはじいて音を出す、いわば狭義の「チェンバロ」にしても、ヨーロッパやアメリカの博物館に保存されている楽器は、16世紀初頭から19世紀の初めまでの3世紀余りに及んでおり、製作された時代と地域によって、外見から構造、音色や音楽的特性に至るまで大きな違いがある。だから、どんなに優れたチェンバロでも、オールマイティとはなかなか行かない。ある作曲家の作品には理想的な楽器でも、時代や国の異なる別の作曲家の作品には、必ずしも、十分な表現力を発揮するとは限らない。その辺がヴァイオリンなどの弦楽器とは大いに異なるところである。
 私は、チェンバロを始めて間もない頃から歴史的チェンバロに触れる機会が多く、自分でもそうした機会を求めて、これまでに数百台に上るオリジナルのチェンバロを見たり弾いたりして来た。そして、それらの楽器の魅力を少しでも多くの人に伝えたい、と思って書いたのが『チェンバロ・フォルテピアノ』と題された本(東京書籍より2000年秋に刊行)である。アクション(発音機構)の仕組みや作動の仕方、楽器の構造、音色や音楽的特性、装飾や外見の特徴、背景となった社会や、それらの楽器を弾いた作曲家や音楽作品、楽器についてのエピソード等々と書き進むうちに、何と800ページを超える大部の本になってしまったが、わかり易くて読み易いし面白い、という好評をいろいろな方から頂いた。しかし、書いている当の本人としては、特に音色や音楽についての説明では、隔靴掻痒のもどかしさを味わった。そこで本が出て間もなく、東京の近江楽堂という、チェンバロにはちょうどよい、よく響く小さなホールで、本の内容に沿ったレクチャーとコンサートのシリーズを始めたのである。
 今回のこのCDのシリーズは、その延長線上で企画されたものである。すなわち、この本に準拠しながら、「チェンバロ」のための音楽を、歴史的推移を沿って、各々の作品に最もふさわしいタイプの楽器で聴いて頂こうというわけである。楽器や作品、作曲家については、このブックレット中でも可能な限りのスペースで解説してあるが、「本」の中にはさらに詳細な説明があるので、既にこの本をお持ちの方、これから購入される方の便も考慮して、対応するページあるいは章番号を示した。(「チェンバロ」の語の概念、発音機構などについては本書第1章を参照されたい。)

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