Cembalo, Clavicordo & Fortepiano
 J.S.バッハ イタリア協奏曲
 解説


 □ルッカース・グラン・ラヴァルマン
 □フランソワ・エティエンヌ・ブランシェによる《猿のチェンバロ》
 □ニコラ・ルフェーヴルのチェンバロ
 ■《イタリア協奏曲》と《フランス風序曲》
 □バッハ父子の《2台のチェンバロのための協奏曲》
 □A Note about the Instruments
 □曲目一覧

《イタリア協奏曲》と《フランス風序曲》

 バッハは、ちょうど50歳になる1735年に、当時の代表的な2つのオーケストラ作品のための形式――すなわちイタリア様式による協奏曲とフランス様式による管弦楽組曲――を用いた二段鍵盤のチェンバロための独奏曲を、《クラヴィーア練習曲集第2巻》として出版した。《イタリア趣味による協奏曲》では、当時協奏曲において頻繁に用いられた「リトルネッロ形式」による活発な2つの楽章の間に、豊かに装飾された旋律声部とそれを支える単純な伴奏声部から成る緩徐楽章が置かれている。一方、《フランスの技法による序曲》の冒頭には大規模な序曲(ウーヴェルチュール)が置かれ、その後にはガヴォット、ブレなどのいわゆる任意舞曲が続く。序曲は、付点リズムによる荘重な開始部と終結部、その間に挟まれたアレグロの協奏的フーガという3つの部分で構成され、アレグロのフーガ部分はやはり「リトルネッロ形式」によっている。
 バッハは、ヴァイマル時代の1713〜14年に、ヴィヴァルディをはじめとする多数の協奏曲をチェンバロ、あるいはオルガン独奏のために編曲した。その内訳は、チェンバロ用が16曲、オルガン用が10曲に上る。以来、「リトルネッロ形式」との取り組みはバッハのライフ・ワークのようなものとなったのだが、それは実際の協奏曲を書くためではなく、バッハの主たる関心は、トゥッティとソロという協奏曲における二元対立原理を、作曲上の形成原理として捉え、その可能性を極め尽くすことに向けられて来た。その結果、これまでに、数多くのクラヴィーアその他の器楽作品や、受難曲やカンタータなどのアリアが、このリトルネッロ形式によって書かれた。
 また、舞曲を連ねた組曲もまた、クラヴィーアをはじめ、無伴奏ヴァイオリン、無伴奏チェロ、無伴奏フルート、あるいは管弦楽のために、多数作曲されて来た。特に、これ以前の最後の作品であるクラヴィーアのための《6つのパルティータ BWV825-830》において、バッハは、個々の舞曲から「踊る」という本来の目的を完全に払拭して、リズムや和声、旋律の装飾等といった純音楽的な様々な性格を抽出して展開したのである。
 《イタリア協奏曲》と《フランス風序曲》が、それまでのクラヴィーアのための協奏曲風楽章や組曲と決定的に異なる点は、これらの2曲は、まるで、本物のオーケストラと独奏楽器のために書かれた協奏曲や管弦楽組曲を二段鍵盤のチェンバロのために編曲したかのような体裁をもっていることである。これまで、自作であれ他人の作品であれ、編曲に並々ならぬ手腕を発揮してきたバッハが、このように「編曲を装ったオリジナル作品」を出版によって世に問うた、というのはたいへん興味深い。当時の最も代表的な管弦楽のスタイルを用い、華麗さと内容の深さの「二兎」を追ったチェンバロのための新曲、というわけだ。《フランス風序曲》に使用されたあらゆる舞曲は、本来の「踊り」の性格を取り戻している。バッハは、おそらく、10年ほど前に作曲した《管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV1066》をこの《フランス風序曲》のモデルとしたのであろう。どちらも、バッハの組曲の中でも最も多い11の楽章から成り、その内ガヴォット、ブレ、パスピエの3つの舞曲は2曲ずつ対になっていること、その他にもクーラントとジーグ(《管弦楽組曲》に用いられた「フォルラーヌ」は、ジーグの一種である)という共通の舞曲を使用していることなど、楽章構成がよく似ている。但し、《フランス風序曲》の最後には、舞曲ではなく、協奏曲楽章のような性格をもち、二段鍵盤を駆使した「エコー」という魅力的な終曲が置かれて効果を高めている。
 これらの2曲は、名称が示すとおり、対照的な様式で書かれているが、使用されている音域と書法の違いから色彩的にも好対照を為している。すなわち、《イタリア協奏曲》では、高音域がふんだんに使われ、テクスチャーも入り組んでいるため、緊張感が高く華麗な印象を与えるが、《フランス風序曲》の方は、多くの部分でテクスチャーが単純で、しかも、バッハのクラヴィーア曲の中では他に類例を見ないほど、低い音域に偏った好みを見せる。つまり、構造より響きを重視した音楽なのである。従って、中音域の響きに特徴のあるルッカースのチェンバロは、この作品では断然強みを発揮する。本ディスクの演奏では、こうした両作品の性格の違いに配慮した楽器の選択が行なわれている。

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