美しい景色、男の生き方、愛・・・
フォードとウェインの『静かなる男』(1952)
The
Quiet Man (Technicolor, 129 min;
US Republic Pictures, 1952)
スタッフ:
製作:ジョン・フォード/メリアン・C・クーパー
監督:ジョン・フォード
脚本:フランク・S・ニュージェント
原作:モーリス・ウォルシュ
撮影:ウィントン・C・ホック
音楽:ヴィクター・ヤング
キャスト:
ジョン・ウェイン、モーリン・オハラ、ヴィクター・マクラグレン、バリー・フィッツジェラルド、ワード・ボンド、ミルドレッド・ナトウィック、フランシス・フォード

John
Wayne, 1943
これは、ヒッチコックのミステリーとは全く別世界の映画である。「西部劇の神様」と言われたジョン・フォードの最高傑作だが、舞台は1930年代(?)のアイルランドのイニスフリーという小さな村。アイルランド人であったフォードが、故郷への想い断ち難く、10年以上も準備を重ねて、アイルランド西岸へのロケを敢行した畢生の力作。アイルランドの海や山河が美しく撮られている。こんなに風景が美しく印象的な映画も珍しい。その点だけ見ても、フォードの郷土愛の深さが推し量られようというもの。スタッフやキャストにも「フォード一家」が総動員されている。この映画は、主演のジョン・ウェインにとっても議論の余地のない最高傑作だが、その他にも、鉄火の姐御のよく似合った赤毛の女優モーリン・オハラ、フォード映画『男の敵』(1935)でアカデミー主演男優賞に輝きその後も騎兵隊物の鬼軍曹役などでなじみの深いヴィクター・マクラグレン、『我が道を往く』(1945)でアイルランド人の神父に扮したバリー・フィッツジェラルドなどが印象的な演技を見せている。また、フォードの実兄で彼を映画の世界に引き込んだフランシス・フォード最後の出演作でもある。
ジョン・ウェイン扮する主人公はアメリカで財を築いた元ヘビー級チャンピオン。リングから足を洗ったこの元ボクサーが生まれ故郷のイニスフリーに帰ってくるところからこの映画は始まる。美しい自然を心洗われる思いで眺めわたしながら、自分の生家を買おうとする彼は、その隣にある大きな農場の主(マクラグレン)の妹(オハラ)を見そめ、ひと目で恋に落ちてしまう。何ごとにつけアメリカ式の性急さと合理性で事を運ぼうとする彼の前に立ちはだかったのが、貧しいけれども古い歴史をもつアイルランドの昔ながらのしきたりであった。
この映画には、悪漢もインディアンも登場しないが、それでも決して観客を飽きさせることがない。全体としてはコメディ・タッチであるが、主人公たちの一挙手一投足にハラハラドキドキさせられる。ヒッチコックが言うように、映画において、観客の興味をつないで行く最も重要な要素は「サスペンス」である。サスペンスを生じさせるのは、殺人事件でもなければ派手なカー・チェイスでもない。映画の中で起こる様々な事件や人間関係の齟齬などが、観客が欲しあるいは期待するものとの間に生ずるずれ――それが「サスペンス」の正体である。この点で、「映画」はまことに「音楽」とよく似ているのである。従って、サスペンスが本来の効果を発揮するためには、先ず、観客が登場人物たちにしっかり感情移入していることが条件である。
この映画では、主人公たる二人の男女は、さして大きな障害もなく簡単に結ばれてしまう。しかし、彼らの間の食い違いと軋みが大きくなるのは、結ばれた後である。それは、二人の背負っている文化の違いから来ている。ジョン・ウェインの役どころは、例によって「ビッグ・アメリカン」であるから、彼に対する観客の共感を形成するのは難しいことではない。しかし、一方のモーリン・オハラ演ずるアイルランド娘に対しても、観客は、もう事態がそこまで発展する以前に、完全に見方になってしまっている。彼女は、この美しい自然に囲まれた愛すべき人々の代表だからである。ジョン・フォードの映画には「景色」がある。自然の景色、人間の景色、男の景色、女の景色、人々の景色・・・。それらが、こんなにも見事に融け合って、大きな愛情に包まれた素晴らしい世界を作り出した例は、ほかにあるまい。
フォードの作品には、『男の敵』(1935)や『怒りの葡萄』(1940)、『わが谷は緑なりき』(1941)のようなヒューマンなドラマから、『駅馬車』(1939)や『荒野の決闘』(1946)、あるいは騎兵隊物の『黄色いリボン』などの娯楽映画に至るまで数多くの作品があるが、この『静かなる男』は、そうしたフォードの世界の集大成であると言えよう。余談になるが、最近、彼の晩年の西部劇『リバティ・バランスを射った男』(1962)を見た。作品の評価は賛否真っ二つに分かれているが、私には非常に楽しめる映画であった。晩年のフォードならではのノスタルジーに満ちた映画で、過ぎ去った昔に対する懐かしさと共に何とも言えない淋しさが印象に残った。
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