2006年度レコード・アカデミー賞「器楽部門」受賞
 モーツァルト:フォルテピアノデュオ
 〜クラヴィーアの歴史と名器〜
モーツァルト:フォルテピアノデュオ

モーツァルト:フォルテピアノ・デュオ/渡邊順生&崎川晶子
レコード芸術2006年1月号特選盤
[推薦] 濱田滋郎

 チェンバロのみならずフォルテピアノの演奏に関しても日本有数のエキスパートである渡邊順生が、門下の一人、崎川晶子とデュオを組みモーツァルト作品を録音した。
 2台のピアノのための周知の名品、『ソナタ』ニ長調K448、ロバート・レヴィンが補筆完成した、聴かれることの多くない《ラルゲットとアレグロ》変ホ長調、そして連弾のための主要作である《ソナタ》ヘ長調K497、《アンダンテと5つの変奏曲》ト長調K501を取り上げている。連弾曲においては崎川が第1ピアノ(高音側)、2台用の曲においては渡邊が第1ピアノを担当しているが,いずれにせよ二人の気息はぴたりと合っており、使用ピアノがいずれも1790年代のウィーンのフェルディナンド・ホフマン製であることも手伝い、なんとも純正な雰囲気を醸し出す。いつものように渡邊はみずから詳細な解題をブックレットに記しているが、2台のピアノのための楽曲について、普通に思われがちなように「家庭音楽」として書かれたのではなく、協奏曲と同じようにコンサート用であることを意識して書かれたというのは説得力十分。しかも、それを机上の論には終わらせず、実際に演奏をもって示してくれるのだから、この説の正しさもはや疑うべくもない。ニ長調K448のソナタは、すなわち、堂々と、スケール感豊かに弾き切られている。フォルテピアノの減衰の早い音の性格を逆に生かし、歯切れの良い、かえって間の妙味に満ちた奏楽を聴かせるところは、まさにスペシャリストたちである。
 この名作にはモダン・ピアノによる名演もあるにはあるが、「本物はこれなのだ」とつくづく感得させる当盤のような演奏は、格別に貴重なものと言うほかない。
[推薦] 那須田務

 渡邊順生と崎川晶子がホフマンによる2台のオリジナルのフォルテピアノで存分にモーツァルトを楽しんでいる。フェルディナンド・ホフマンはウィーンの宮廷楽器製作者だった人。
 2台とも名器である上に楽器が健康な状態で、しかも、1台は1790年頃の5オクターヴ、もう1台は1795年頃の5オクターヴ半と、同じメーカーながら若干タイプが異なる。
 こういう楽器でモーツァルトの2台ピアノや連弾を録音できると言うのは、世界中を探しても非常に稀な、幸運なケースと言っていい。これは決して誇張ではない。これまで同曲のスタンダードだったビルソンとレヴィン盤もこれほどいい条件に恵まれなかった。
 しかも、渡邊、崎川両氏はそれぞれ音楽家として目下、知情意+技ともに充実した時期にあり、その上長年デュオを組んできただけあって、よい演奏の生まれる条件が揃ったといえる。連弾で崎川が、2台ピアノで渡邊がそれぞれ1番を受け持っている。モーツァルトのピアノ・デュオをモダンのピアノで演奏すると、どうしても音量や表現が控えめになるし、残響のコントロールもむずかしいが、ダイナミックなビート感や生き生きとした躍動感に支えられたアンサンブルは本当によく合っているし、気持ちがよいほど思いきりがよい。そしてホフマンの音色のすばらしさ!その光沢や艶と深みは何ものにも代えがたい。2台ピアノの曲はもちろんのこと、モーツァルトの連弾曲は決して小市民的な慎ましやかな音楽ではない。多彩な情念と音色に彩られて大変に聴き応えがあり、ドラマに満ちた音楽であることを教えてくれる。
BACK