Johann Sebastian Bach (1685-1750):
 6 English Suites BWV806-811
 Yoshio Watanabe, Harpsichord

 J・S・バッハ:イギリス組曲(全6曲)
 渡邊順生(チェンバロ)

J・S・バッハ:イギリス組曲(全6曲)

レコード芸術◆2006年9月号
特選盤
[推薦] 濱田滋郎●Jiro Hamada

 渡邊順生は、発表するCD1牧1枚の精度がきわめて高いことからも、今や日本のみならず世界を代表するチェンバリストの一人だと言えよつ。この2枚組CDはフランス・コルマール市のウンターリンデン博物館において2005年4〜5月に録音されたもので、バッハの 《イギリス組曲》全6曲を収めている。使用楽器はクリストファー・クラークにより修復(1979年)された1624年のヨハネス・ルッカースで、その"古雅"とばかりは言えない、思いのほか明るく力強い響きが、名手の指のもと、もう理屈抜きでこの上なくJ・S・バッハにふさわしく思われる。6篇の 《組曲》 はそれぞれの性格を生かしながら申しぶんのない表現を与えられている。周知のとおり渡邊は卓抜な学究でもあり、当集のブックレットに記された解題からも私たちは多くを学ぶことができる。ちなみに、CD1の末尾には第4番の<プレリュード>をブックレットの解説に従って分析しながら聴くためのこまかいトラック・ナンバーを添えた、特別のトラックが設けられている。こう書くとまるで「学問のためのCD」のようだが、渡邊自身が「興味のない方はどうぞ飛ばしてください」と述べているように、あくまで優先するのは音楽」そのものである。学問的なことは何もわからず、ただCDで音楽を楽しむだけの聴衆の耳と心にも、この奏楽は必ずや快い、感動的なものとして伝わるに違いない。もとより、「識ること」によって音楽の味わいかた、感じかたがいっそう深く、濃やかなものになることも事実だが、バッハの音楽の精神は、万人の共感を誘うところにあったはずである。渡邊順生の演奏には、まさしくそれがある。

[推薦] 那須由務●Tsutomu Nasuda

 ヨハネス・ルッカースがアントワーブで1624年に製作した二段鍵盤のチェンバロで録音された 《イギリス組曲》。ロケーションも同楽器が所蔵されている、フランス、アルザス地方のコルマールの博物館である。この楽器は、フォルテピアノ製作家として名高いクリストファー・クラークによって修復されていて、調律も彼の手による。ピッチはA=393Hz.いわゆるフレンチ・ピッチに近いもの。ルッカースはチェンバロのストラディヴァリウスと称される名工一族で、17世紀後半から18世紀初頭にかけてフランスの王侯貴族たちに珍重され、時代のスタイルに合せてさかんに改造された(ラヴァルマンという)。渡邊順生氏の言うように、「強靱さ」「鮮度のよさ」「芳香」を併せ持つすばらしい音色だ。渡邊氏とこの楽器の相性はとてもよいようで、こうした類稀な名器の魅力を存分に味わわせてくれると同時に、強靱かつ骨太で、大変に内容の濃い演奏である。とりわけ、《イギリス組曲》 の大きな特徴である各組曲の冒頭に置かれたプレリュードは聴き応えがある。たとえば、第2番のプレリュードは威風堂々、壮麗華麗なピリオド楽器のアンサンブルによる協奏曲のサウンドを彷彿とさせるし、続くアルマンドは瞑想的な意識の深まりを感じさせる。クーラントのニュアンス豊かなイネガルが時に、聴き手に快い刺激を与え、サラバンドには雅な歌の内面に強靱なエネルギーと多彩な情念が潜む。ジーグは力強く前進する。その他、いずれの曲もエモーショナルかつ奥行きのあるスケールの大きな、希代の名器に匹敵する風格のある演奏である。ジャケットには博物館周辺の風景や楽器や蓋裏に描かれた絵画の写真や詳細な解説が掲載され、その解説の楽曲分析に対応するトラック付きの第4番のプレリュードが収録されるなど、細かい所まで配慮が行き届いている。バッハとチェンバロ愛好家必携のアルバム。

[録音評] 三井 啓●Akira Mitani

2005年4月から5月にかけてフランス、コルマール市のウンターリンデン博物館で録音。「チェンバロの歴史と銘器」シリーズの第3集。博物館であるため、わずかに響きの不足を感じさせるところはあるが、不自然にもやもやするところがまったくなく、細かな音の粒が鮮やかに粒立ち、透明でつややかな1音1音が鮮やかに聴こえる。<90〜93>

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