Cembalo, Clavicordo & Fortepiano
 バッハ/チェンバロ協奏曲集T
 批評



礒山雅HPより「今月のCD選=私の特選盤[毎日新聞用]」(2001年8月)

 ニ短調、ホ長調、イ長調、二台用ハ短調の4曲が、第1集としてまとめられました。演奏は、克明に彫塑された理詰めの表現。意思のぴしりと通ったソロに、桐山建志さん率いるザ・バロック・バンド(各パート一人)が、生き生きとからんでゆきます。渡邊さんの詳細なライナーノートは立派な読み物ですが、それによりますと、渡邊さんはホ長調BWV1053の協奏曲をとりわけ高く評価しておられるよう。この作品の演奏はとくに力がこもっており、私も多くのことを教えられました。

「レコード芸術」月評(2001年10月号)

[準推薦]

 このディスクでのザ・バロックバンドの編成は、弦楽五人(第一・第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ)。これに独奏チェンバロが加わって、六人または七人で録音されている。つまり私たちの感覚では室内楽のスケールなのだが、ディスクで聴く限り、響きに広がりが感じられ、室内楽的イメージより室内管弦楽的イメージのほうがはるかに強い。聴き手としては、そのほうがありがたい。
 渡邊順生とザ・バロックバンドがここで繰り広げるバッハは、言うなれば“古めかしさ”をまったく感じさせない。古めかしいバッハに親愁を覚える聴き手も少なくないだろうが、このグループの演奏は懐古趣味とは無縁。後ろ向きでないこのバッハの世界に、私も共感を覚えたひとりである。ここには全部で八つの急速楽章、四つの緩徐楽章が収められているが、後者がいちだんときめ細かく再現されていたら、各曲の印象はいっそう鮮烈になっただろう。例えば 《第一番二短調》第二楽章アダージョは、どこかたるみを感じさせたし、《第二番ホ長調》第二楽章シチリアーノには、しっとりした味わいを出してほしかった。他方、《二台のチェンバロのための協奏曲第一番》の第二楽章アダージョは、感情の山が感知できず、やや平板だったのが惜しまれる。(岩井宏之)

[推薦]

 渡邊順生とザ・バロックバンドによるバッハのチェンバロ協奏曲集の第一集である。邦人演奏家によるバッハのチェンバロ協奏曲集は、昨年末に武久源造と中野振一郎のアルバムが出たばかりだが、今回の渡邊の演奏も含めて、いずれも弦楽は各パートひとりの演奏である。そして、武久も中野も、それぞれいきいきと意欲的な演奏をつくっていたが、三者のなかで最も手厚くバランスのよい表現を聴かせてくれるのは、今回の渡邊たちの演奏ではないだろうか。
 武久のアルバムで 《ヴァイオリン協奏曲第一番》のソロを弾いていた桐山建志が第一ヴァイオリンをつとめるザ・バロックバンドの自発性にとんだ演奏を相手に、渡邊は、細部まで明快な配慮のきいた表現をのびやかに安定した運びで織りなしている。渡邊もザ・バロックバンドも、十分に踏みこみのよい演奏を展開しているが、その意欲ゆえに表現に角立てたり、演奏のしなやかさを失うことがないのは、しっかりと吟味したうえで作品を手の内に入れているからだろう。そのぶん、武久のようなユニークな工夫や中野の演奏がもつ閥達な面白さは少ないが、個々の作品の魅力をバランスのよい表現とスタイルによって無理なく掬い取って、じっくりと味わうべき内容をそなえている。そして、武久も採用していたように、バッハの自筆による数字付き低音のパート譜が残されている 《第四番》では、第二チェンバロを通秦低音に加えている。
 ソロにフォルテピアノ、通奏低音にラウテンヴェルクを用いた武久の選択も興味深いものだったが、全体の響きのバランスという点では、やはりこのほうが馴染みやすいようである。ただ、崎川晶子が第二チェンバロを弾いた《二台のチェンバロのための協奏曲第一番》は、三曲のソロ協奏曲に比べると、少し合わせることに意を用いた感がある。第二楽章など、その繊細な呼応感が美しい味わいをつくつているが、両端楽章には、さらにフレキシブルな反応がほしいようにも思われた。(歌崎和彦)

[録音評]

2001年2月から3月秩父ミューズバーク音楽堂で録音−解説書の写真によると、弦楽合奏は各パートが1名ずつだが、コントラバスの動きをよく聴きとれるウェル・バランスの、5名と思えない厚いサウンドを展開。距離感が適度で左右への拡がりのよい弦楽合奏の中央に誇張のない大きさの音像を広げるチェンバロはやや控えめだが、繊細な音もよく粒立ち、音色も透明で美しい。<90-93>(三井)

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